国民皆保険は持続できるか:保険料の重み、混合診療、民間保険の役割
国民医療費は48兆円を超え、健康保険組合の約7割が赤字の見込みです。世界に誇る皆保険を守るために、何を変えるべきか。保険料、高額療養費、混合診療、民間保険の役割を整理します。シリーズ第3回。

第1回ではストレスチェックの限界を、第2回では健康診断とつなぐ仕組みと保険会社の役割を考えてきました。最終回は、その土台にある国民皆保険制度そのものを見ていきます。
3行でまとめると
- 2023年度の国民医療費は48兆円を超え、その約半分を、加入者と事業主が払う保険料が支えています。健康保険組合の約7割が赤字の見込みで、保険料率も過去最高に近い水準です。
- 自己負担の上限(高額療養費)の引き上げや、保険診療と自由診療を組み合わせる混合診療の議論は、「誰が、どこまで負担するか」という同じ問いにつながっています。
- 公的保険は「病気を治す」ことが中心です。病気になる前の予防と健康づくりは、民間保険や会社が担える余地が大きい領域です。
世界に誇る仕組み、国民皆保険
日本では1961年に、すべての国民がいずれかの公的医療保険に加入する国民皆保険が実現しました。マイナ保険証(または資格確認書)があれば、全国どの医療機関でも、原則1〜3割の負担で診療を受けられます。医療費が高額になっても、ひと月の自己負担には上限があります(高額療養費制度)。
この仕組みは、日本の長寿を支えてきた大きな柱です。しかし、その土台が重くなっています。
数字で見る、皆保険の重さ
国民医療費は48兆円を超えた
厚生労働省によると、2023年度の国民医療費は48兆915億円で、前の年度より3.0%増えました。国民1人あたりでは38万6,700円です。
その財源の内訳は、次のとおりです。
| 財源 | 割合 |
|---|---|
| 保険料(働く人などの本人) | 28.2% |
| 保険料(会社などの事業主) | 22.0% |
| 公費(国) | 24.8% |
| 公費(地方) | 12.7% |
| 患者の自己負担 | 11.8% |
| その他(公害健康被害の補償や自賠責保険などの原因者負担) | 0.5% |
※「その他」は、厚生労働省の統計で「その他」に区分される財源(5兆9,201億円)から患者負担を除いた分(約2,336億円)です。
医療費の約半分を保険料が、約4割を税金が支えています。また、医療費全体の35.8%は、75歳以上の後期高齢者医療の給付に使われています。
健康保険組合の約7割が赤字の見込み
大企業などが運営する健康保険組合の連合会(健保連)によると、2026年度の予算では、約7割の組合が赤字となる見込みで、全体の赤字は2,890億円にのぼります。平均の保険料率は9.32%で、過去最高だった前年度(9.34%)とほぼ同じ高い水準が続いています。
背景には、高齢者の医療を支えるための拠出金があります。働く世代が加入する健康保険組合は、自分たちの加入者の医療費だけでなく、高齢者医療への支援金も負担しています。
自己負担の上限も見直しへ
医療費の伸びを抑えるため、政府は高額療養費の自己負担の上限を引き上げる方針を決めていました。しかし、がん患者団体などから「治療を続けられなくなる」との強い反対があり、2025年にいったん全面凍結されました。
その後、専門委員会での議論を経て、2025年12月に見直しの内容がまとまりました。厚生労働省によると、2026年8月から月の上限が引き上げられ(多くの所得区分で約7%)、2027年8月からは所得区分を細かく分けたうえで上限が見直されます。所得区分によっては、最終的に月の上限が現在より3割以上(最大で約38%)高くなります。一方で、2026年8月からは年間の上限が新たに設けられ、長く治療を続ける人の負担に配慮する仕組みも加わります。
保険料を上げるのか、税金を増やすのか、患者の負担を増やすのか。皆保険は、どこかで誰かが負担を増やさなければ維持できない段階に来ています。
混合診療:どこまで公的保険で、どこからが自費か
混合診療とは
混合診療とは、保険が使える診療と、保険が使えない自由診療を組み合わせることです。日本では原則として認められておらず、自由診療を一部でも組み合わせると、本来は保険が使える部分も含めて全額自己負担になります。
2011年10月、最高裁判所はこの考え方を認める判決を出しました。
ただし、例外として保険外併用療養費という制度があります。
- 評価療養:将来の保険適用を前提に評価中の先進医療など
- 選定療養:差額ベッドなど、患者が自ら選ぶもの
- 患者申出療養:2016年に始まった、患者の申し出をきっかけに未承認薬などを使える仕組み
これらに該当する場合に限り、保険診療の部分には保険が使えます。
解禁すべきか、守るべきか
混合診療の全面解禁には、賛成と反対の両方の意見があります。
解禁を求める立場
- 患者が自分の判断で、新しい治療を早く受けられるようになる。
- 保険診療の部分まで全額自己負担になる今の仕組みは、患者の負担が重すぎる。
- 公的保険の財政負担を抑えながら、医療の選択肢を広げられる。
慎重な立場
- 支払える人だけが新しい治療を受けられる、医療の格差が広がる。
- 安全性や有効性が十分に確かめられていない治療が広がるおそれがある。
- 自由診療のままで収益が上がるなら、新しい治療を保険適用にする動機が弱まる。
私たちは、全面解禁か全面禁止かの二択ではなく、有効性の評価と情報公開を条件に、保険外併用療養費の枠組みを広げていく現実的な道が大切だと考えています。
民間保険の役割:「治療」の外側を支える
公的医療保険は、主に病気やけがの治療を対象にしています。一方、病気になる前の予防や健康づくりは、ほとんどが給付の対象外です。
ここに、民間保険の大きな役割があります。
- 治療の補完:先進医療の費用や、入院中の収入の減少など、公的保険でカバーしきれない部分を支える。
- 予防への関与:第2回で取り上げた健康増進型保険のように、健康づくりを続ける仕組みを提供する。
- データの活用:健康診断やストレスチェックのデータを、本人の同意のもとで生かし、早めの対処につなげる。
予防は医療費を減らすのか
ただし、ここで冷静に見ておくべき事実があります。「予防すれば医療費が減る」とは、必ずしも言えないのです。
米国の医療経済学者が多数の研究を整理した論考では、
- 予防策のうち、医療費そのものを減らせるものは一部にとどまる。
- しかし、多くの予防策は、かかる費用に見合う健康上の利益(費用対効果)がある。
と結論づけています。
予防の価値は、医療費の削減だけで測るべきではありません。病気で働けなくなる人を減らし、社会を支える人が長く健康でいられること。その価値は、国民医療費の数字には表れにくいものです。
一人の健康が、社会の健康になる
少子高齢化が進み、医療を支える働く世代は減っていきます。保険料、税金、患者負担のどれを増やしても、その重さは最終的に、今働いている一人ひとりにかかってきます。
だからこそ、一人でも多くの人が、長く健康に、自分の役割を果たし続けられることが大切です。
- 会社は、ストレスチェックや健康診断を「実施すること」ではなく、結果につなげることを目標にする。
- 健康保険組合と保険会社は、データをつなぎ、行動が続く仕組みをつくる。
- 国は、心と体の制度を横断して見渡し、結果を評価できる制度に整えていく。
- 医療機関は、治療だけでなく、予防と健康づくりの専門家として関わる。
それぞれの立場が役割を果たし、健康が社会の中で循環していくこと。それが、皆保険を次の世代に引き継ぐための、最も確かな道だと私たちは考えています。
シリーズ「ストレスチェック義務化から考える、働く人の健康と医療制度」
- 第1回:ストレスチェックが全企業に義務化へ:「測るだけ」で終わらせないために
- 第2回:健康診断とストレスチェックをつなぐ:データを生かす仕組みと保険会社の役割
- 第3回(本記事):国民皆保険は持続できるか:保険料の重み、混合診療、民間保険の役割
参考文献
- 厚生労働省. 令和5(2023)年度 国民医療費の概況(2025年10月10日公表).
- 健康保険組合連合会. 令和8年度 健康保険組合予算編成状況-早期集計結果(概要)について(2026年4月28日).
- 健康保険組合連合会. 令和7年度予算編成(早期集計結果)の概要(2025年4月23日).
- 厚生労働省. 高額療養費制度を利用される皆さまへ.
- 厚生労働省. 高額療養費制度の概要(令和8年8月・令和9年8月の見直し).
- 厚生労働省. 医療機関・薬局では、マイナ保険証か資格確認書をご提示ください.
- 最高裁判所第三小法廷 平成23年10月25日判決(平成22(行ツ)19 健康保険受給権確認請求事件).
- Cohen JT, Neumann PJ, Weinstein MC. Does preventive care save money? Health economics and the presidential candidates. N Engl J Med. 2008;358(7):661-3.
執筆:藤井祐介(Ph.D. 微生物学・免疫学/東京大学大学院医学系研究科 客員研究員)。本記事は研究知見の一般的な解説であり、特定の疾病の診断・治療・予防を目的とするものではありません。また、特定の製品の効能効果を示すものではありません。健康上の判断は医師にご相談ください。