Insights · 2026.10.09 · 一般向け

2026年ノーベル賞をやさしく解説:光で神経を操る技術と、鏡の分子

2026年のノーベル生理学・医学賞は「光遺伝学」、化学賞は硤合憲三氏らの「不斉自己触媒」などの発見に。何がすごいのか、私たちの健康とどうつながるのかを、論文とあわせてやさしくまとめました。

青い光が神経細胞に当たる様子と、ガラス面をはさんで鏡像の関係にある2つの分子のイメージ
イメージ画像(AI生成)

2026年のノーベル賞が発表されました。ここでは、健康と医療に関わりの深い生理学・医学賞と化学賞を取り上げ、「何がわかったのか」「何がすごいのか」をやさしくまとめます。

3行でまとめると

  • 生理学・医学賞は、光で神経細胞のスイッチを入れたり切ったりできる技術「光遺伝学」の基礎を築いた3人に。
  • 化学賞は、東京理科大学の硤合憲三(そあい・けんそう)名誉教授とフランスのアンリ・カガン氏に。鏡に映したような2種類の分子のうち、片方だけがどんどん増える反応の発見が評価されました。
  • どちらも出発点は、すぐに役立つとは思われていなかった基礎研究です。

生理学・医学賞:光で神経細胞を操る「光遺伝学」

受賞者:カール・ダイセロス氏(米スタンフォード大学)、ペーター・ヘーゲマン氏(独フンボルト大学ベルリン)、ゲオルク・ナーゲル氏(独ヴュルツブルク大学)

授賞理由:光で開閉するイオンチャネルと、光遺伝学に関する発見

始まりは、池の藻

物語の始まりは、クラミドモナスという小さな緑の藻です。この藻は光の方向へ泳ぎます。ヘーゲマン氏とナーゲル氏らは、その「目」にあたるタンパク質が、光を受けると開く小さな門(イオンチャネル)であることを突き止め、「チャネルロドプシン」と名づけました(2002年、2003年)。

藻の門を、神経細胞に

2005年、ダイセロス氏らは、この門の設計図(遺伝子)を哺乳類の神経細胞に組み込みました。すると、青い光を当てた瞬間だけ、狙った神経細胞が反応するようになりました。1000分の1秒単位で、特定の神経細胞だけを光で操作できるようになったのです。

何がすごいのか

それまでの脳研究では、「この神経が活動しているとき、この行動が起きる」という相関を観察するのが中心でした。光遺伝学では、特定の神経だけを光で動かしたり止めたりできるため、「この神経を動かすと、この行動が起きる」という因果関係を確かめられます。記憶、感情、睡眠、食欲などをつかさどる脳の回路の研究が、大きく進みました。

医療への応用

研究の道具として生まれた技術ですが、治療への応用も始まっています。2021年には、網膜色素変性症で視力を失った患者さんに光遺伝学を用いた遺伝子治療を行い、特殊なゴーグルを通して物の位置や数がわかるまで視覚機能が部分的に回復したという報告がありました。ただしこれは1人の患者さんの報告で、治療法として確立するにはさらに研究が必要です。

化学賞:鏡に映した分子の「片方」だけが増える

受賞者:硤合憲三氏(東京理科大学名誉教授)、アンリ・カガン氏(仏パリ南大学〈現パリ・サクレー大学〉名誉教授)

授賞理由:不斉有機合成における非線形効果と自己触媒反応の発見

右手と左手のような分子

私たちの右手と左手は、形は同じでも重ね合わせることができません。分子にも、このように鏡に映した関係にある2つの形(鏡像異性体)を持つものがあります。そして不思議なことに、私たちの体をつくるアミノ酸や糖は、ほとんどがそのどちらか一方の形だけでできています。

わずかな偏りが、自分で増えていく

硤合氏が見つけた反応(硤合反応)では、反応でできた分子が「お手本」となって、自分と同じ形の分子をさらに作り出します。そのため、最初はごくわずかだった片方への偏りが、反応を繰り返すうちに増幅され、最後にはほぼ片方だけになります。

一方、カガン氏は1986年、反応に使う物質の偏りと、できあがる分子の偏りが単純には比例しない「非線形効果」を見いだしました。

これらは、「生命はなぜ、片方の形の分子だけを使っているのか」という長年の謎を解く手がかりとして注目されてきました。また、鏡像の片方だけを選んでつくる技術は、医薬品の製造にも欠かせないものです。日本人のノーベル化学賞は、昨年の北川進氏に続き2年連続となりました。

栄養の世界でも「形」は大切

分子の立体的な形の違いは、栄養の世界でも身近な話です。たとえばビタミンEには、天然由来の形と、合成でつくられる複数の形が混ざったものがあります。天然型と合成型を同じ量ずつとって血液中の濃度を比べた研究では、天然型のほうがおよそ2倍多く血液中に保たれることが示されました。成分名が同じでも、分子の形によって体での働き方が変わることがあります。

基礎と臨床の架け橋

今年の2つの賞に共通するのは、すぐには役に立つと思われなかった基礎研究が、長い年月をかけて医療や産業につながったことです。藻が光に向かって泳ぐしくみの研究が、脳の理解や視覚の回復につながる。分子の形の偏りの研究が、薬づくりや生命の起源の謎につながる。

イームスは「基礎と臨床の架け橋」を大切にしています。研究の世界で生まれた知見を、医療や健康の現場で使える形に翻訳していく。今年のノーベル賞は、その意味をあらためて感じさせてくれるものでした。

本記事は2026年10月9日時点の公表情報にもとづいています。

参考文献

  1. ノーベル財団. The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2026.
  2. Nagel G, et al. Channelrhodopsin-1: a light-gated proton channel in green algae. Science. 2002;296(5577):2395-8.
  3. Nagel G, et al. Channelrhodopsin-2, a directly light-gated cation-selective membrane channel. Proc Natl Acad Sci U S A. 2003;100(24):13940-5.
  4. Boyden ES, et al. Millisecond-timescale, genetically targeted optical control of neural activity. Nat Neurosci. 2005;8(9):1263-8.
  5. Sahel JA, et al. Partial recovery of visual function in a blind patient after optogenetic therapy. Nat Med. 2021;27(7):1223-1229.
  6. ノーベル財団. The Nobel Prize in Chemistry 2026.
  7. 東京理科大学. 本学硤合憲三名誉教授がノーベル化学賞に決定しました(2026年10月7日).
  8. Burton GW, et al. Human plasma and tissue alpha-tocopherol concentrations in response to supplementation with deuterated natural and synthetic vitamin E. Am J Clin Nutr. 1998;67(4):669-84.

執筆:藤井祐介(Ph.D. 微生物学・免疫学/東京大学大学院医学系研究科 客員研究員)。本記事は研究知見の一般的な解説であり、特定の疾病の診断・治療・予防を目的とするものではありません。また、特定の製品の効能効果を示すものではありません。健康上の判断は医師にご相談ください。

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